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「このギアッチョによォォ~ 容赦しねェだと?ええ?おい やってみろクソガキがッ!!」 とは言え、男―ギアッチョには最初からフルパワーで行く気はなかった。よってたかってピンク頭に野次を投げかけていたガキ共は、ギアッチョの凍てつかんばかりの殺気に恐れをなして蜘蛛の子を散らすように我先に逃げ出していたし、年齢から考えて教師であると思われるハゲ野郎は仲間を呼びに行ったのかもうこの場にいない。ちなみに当のピンク頭は彼の下で腰を抜かしている。 ―そのオレに恐れることなく立ち向かってくるガキ・・・どうやらこいつが筆頭格の強さを持っていると理解していいようだ―ギアッチョはそう考えた。こいつをブッ倒し、奴らの戦意を喪失させてからここを出る。なかなかいい作戦じゃあねえかおい。 「今ここでオレのジェントリー・ウィープスを全開にすればこの中庭を丸ごと凍らせるのはたやすい・・・しかし逃げ出したガキ共にそいつを見られると面倒なことになりそうだからなァァ~~」 「何をぶつぶつ言ってるのよ!くらいなさいッ!」 キュルケが言い放ちざま大型の火弾を打ち出すが、ギアッチョはそれを意にも解さずキュルケに向かって歩き出す―氷でシールドを作ることもせずに。その余裕ぶりにキュルケはカチンときたが、「いいわ、ナメているのならそのまま燃え尽きればいい」と思いなおした。2・・・1・・・着弾ッ!! バシュウゥウゥウッ!! 「なッ・・・!!」 しかし火弾はギアッチョに当たる寸前、大量の水をブッかけられたかのような音を立てて「消え去った」!! 「そんな 嘘でしょ・・・!?」 眼前の出来事を信じられないキュルケは2発、3発と火弾を放つ。しかしまぐれであれという彼女の 願いも虚しく、彼に撃ち出された火弾はその全てが直撃寸前に消滅するッ! ギアッチョは歩き続ける。氷のように冷たい眼でキュルケを見据えて。 「炎ってよォォ~~・・・」 ザッ・・・ザッ・・・ 「一般的には火が激しくなったものを言うんだが・・・」 ザッ・・・ザッ・・・ 「実際に火が激しいはずの単語には炎じゃなくて火が使われることが多い」 ザッ・・・ザッ・・・ 「噴火だとか火柱だとかよォー・・・ 」 ザッ・・・ザッ・・・ 「なんで噴炎って言わねぇーんだよォォオオォオーーーッ それって納得いくかァ~~おい?」 ザッ・・・!ザッ・・・! 「オレはぜーんぜん納得いかねえ・・・」 ザッ・・・!! 「な・・・何なの・・・こいつ・・・」 キュルケはもはや完全に敵に呑まれていた。ギアッチョがついに目の前までやってきたというのに―構えることすら出来なかった。そして。 バキャァアアッ!! 「なめてんのかァーーーーッこのオレをッ!!炎を使え炎を!チクショオーーームカつくんだよ! コケにしやがって!ボケがッ!!」 キュルケは宙を舞った。 「うぐっ・・・い・・・痛ッ・・・ フフ・・・だけどおかげで眼が覚めたわ 今よフレイムッ!!」 「ムッ!?」 どこからか現れた化け物が―実際にはギアッチョの眼に入っていなかっただけだが―彼に向かって火炎を吐き出す!しかしそれも彼に当たる直前にことごとく消え去ってゆく。「・・・まだ理解しねーのか?え?おい 隙を突こうが無駄なんだよッ・・・・・・」 そこまで言ったところでギアッチョは気付いた。今火を噴いた化け物の存在に。 「・・・なんだァ~?こいつがてめーのスタンドってわけか・・・?」 とは言ってみたが・・・どう見てもこれは「ビジョン」ではない。実体である。 ―いや・・・そういうスタンドがあってもおかしかねー・・・世の中にゃ無生物に命を与える スタンドもいるくれーだからな・・・―ギアッチョはそう思いなおすとキュルケに眼を戻し、 「こいつでブチ割れなッ!!」 直触りを発動しようとしたその時。 ドゴォッ!! 「うぐぉおぉッ!?」 上空からギアッチョに空気の塊のようなものが撃ちつけられた! 「タバサ!」 キュルケが日の落ちかけた空に向かって叫んでいる。 「ナメやがって・・・上かァーーッ!?」 ギアッチョが見上げた空には。 バサッ これまたどう見ても実体の― 「ドラゴン・・・?」 ―それに乗ってこっちを見下ろしている少女。そして何より彼女の後ろに二つの月が 「・・・なんだ・・・ありゃ・・・」 二つの、月が。 ―ここはトリステイン王国の― 「マジで・・・別世界だってェのか?」 流石のギアッチョも呆然とせざるを得なかった。 ルイズはじりじりとギアッチョに近づいていた。正直自分が何かの役に立つとは思えなかったが、因縁の相手のはずの自分を体を張って助けてくれたキュルケを見殺しになど出来なかったのだ。キュルケは「とっとと逃げなさいよゼロ!」と必死に眼で語っているが、そこは妙な意地を張らせたらトリステイン一のルイズである。聞き入れるわけがなかった。 一方ギアッチョは―静かに沸騰していた。 ここが花京院もビックリのファンタジー世界だとほとんど確定してしまった以上、とりあえずは武器を収めて情報の収集にかかるのが最善手だろう。しかしギアッチョに売られた喧嘩を見過ごす選択などあるはずがない。 「後のことは・・・てめーらをブッ倒してから考えるッ!!そっちが空中にいるってんならよォォ~~ ちょっとだけ本気をださせてもらうぜェェェー!!」 ギアッチョの足元が凄まじい速度で凍っていく。それはギアッチョの靴を覆い足首を覆い・・・ルイズは眼を疑ったが、どうやら氷のスーツを形成しようとしているらしい。 ―マズいッ!! 少女は遅まきながら確信した。何だかよく分からないがこいつの魔法はヤバい!この氷の発生速度、スーツを形成する精密さ、何よりそれが無詠唱で行われているということ!更にこの殺人をも厭わない覚悟!どこまで暴れるつもりか知らないが・・・死人は出る!絶対にッ!そしてそれを阻止するチャンスは今ッ、このスーツが完全に形成されるまでの間しかないことを! ルイズは反射的に動いていた。反射的に―だが決死の覚悟で、ギアッチョに飛び掛ったッ!完全にタバサに気を取られていたギアッチョは一瞬反応が遅れ、そして―ルイズの殆ど頭突きのようなキスをまともに「食らい」、頭からブッ倒れた! 「ガフッ!!てめー何をしやがったァァ~~!?毒か!?スタンド・・・いや魔法かッ!?」 ギアッチョとは逆方向にブッ倒れたルイズは、よろよろと立ち上がりながら告げた。 「・・・契約よ・・・!」 「・・・ああ?どういう事だッ!ナメやがって クソッ!・・・・・・ぐッ!!?」 ギアッチョの左手が光り始め、 「っづぁああぁああぁあああああッ!!!」 その甲にルーンが浮かび上がったッ! こいつを説得するなら今しかない!ルイズはギアッチョの前に仁王立ちになる。 「聞きなさい!あなたがどれだけ強いか知らないけどここには300のドラゴンを一人で倒した 偉大な学院長や太陽拳を使える先生がいるのよ!これ以上騒ぎを起こせば先生方は 黙ってないわ!万一囲いを破って逃げ出せたとしてもあなたみたいな危険人物は四六時中追っ手に追われ続けるわよ!悪魔の軍団を一人で倒せるような追っ手達にね!」 半分以上は今適当にでっちあげた話だったが、 「・・・」 ギアッチョには思いのほか効果があったようだった。ルイズは疑われる前に話を進める ことにする。 「ま、貴族を3人も殺そうとしたんだから今のままでもまず終身刑は免れないわね ちなみにあなたが入るのは水族館と呼ばれる脱獄不能の監獄よ!」 これもデタラメである。 「・・・で、てめーはオレにそれを聞かせてどうしようってんだ?え?おい」 食いついたっ!ルイズは心中でガッツポーズをした。 「話は最後まで聞きなさいよ あなたが罪を問われない方法が一つだけあるわ・・・ 私の使い魔になることよ!」 「・・・・・・一応聞いとくが・・・そのツカイマってのは何なんだ」 「主の剣となり盾となるものよ」 「・・・・・・」 一瞬の逡巡の後、ギアッチョは舌打ちをしながらもルイズに答えた。 「まぁいいだろう・・・この世界のことがわかるまではここにいるのも悪い選択じゃあねぇ」 実際は一度使い魔になってしまえば死ぬまで契約は執行されるのだが―今それを 言うとこいつはまたブチ切れるだろうと思ったのでルイズはとりあえず黙っておくことにした。 ←To Be Continued・・・ 前へ 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1157.html
ルイズは夢を見ていた。夢の中で、ルイズは自分ではない誰かになっている。 誰かになったルイズは、どこか古臭い部屋で仲間と思われる人々と会話を交わして いた。自分も回りもどこかかすみがかかったようにぼんやりとして、ルイズはそれに 不安を覚えたが、それと同時に不思議な居心地の良さを感じていた。 「――」 仲間達は自分に何かを語りかける。 「―― ――」 しかし、その言葉もまたおぼろげにかすみ、 ルイズの耳には届かなかった。 ルイズはそれが何故だかとても悲しいことのように思えて、なんとか声を聞こうと するが――聞こうと思えば思うほど、言葉はかすみ、彼らも自分もかすんでゆく。 それでも彼らはルイズに何かを伝えようとしている。酷くかすんで彼らの顔は 分からないが――きっと今の自分である『誰か』の大切な人達なのだろうと、 ルイズは思った。そう思うと、彼らの声が聞えないのがなおさら辛くて、ルイズは 声を張り上げようとする。だけどそれすらもかすみにとけて、そして、世界が、白く、 包まれて。真っ白い闇に、全ては消えた。 ――ゾクッ、と寒気がする。誰かに見られているような視線を感じ、いつの間にか 自分に戻っていたルイズはキョロキョロと周りを見渡すが、それらしいものは 何もない。にも関わらず、ルイズの心はアラームを鳴らし始めた。何かよく 分からんがこれはヤバいッ!と思うと同時にルイズの体は浮上を始め、心の 海を上へ上へと上昇し―― 意識が覚醒したルイズが最初に見たものは、今にもスタンドを発動させそうな 眼でルイズを見下ろしているギアッチョの姿だった。 「だから言ったじゃあねーか」 バシャバシャと水音を立てて顔を洗うルイズを見ながらギアッチョは言った。 「この時間になったら起きなきゃならねーってことを体が覚えこむってよォ~~」 ――覚えこまされたのはあんたの殺気と威圧感よ! と心の中でツッこむルイズである。 「起きる度に殺されかけてちゃ身が持たないわよ・・・」 ルイズはため息をつきながらクローゼットに向かう。ギアッチョに服を持って 来いなどとは勿論言えない。ごそごそと着替えを漁っていると、ガチャリと音を 立ててギアッチョが部屋の扉を開いた。 「・・・どこ行くのよ」 床に座り込んだ状態で首だけ向けて訊くルイズに、 「厨房だ」 と背中で答えるギアッチョ。 「そう・・・それならいいわ だけど教室にはちゃんと来てよね」 ルイズが言い終えると同時にギアッチョは廊下へ姿を消した。 「何よ・・・そんなに早く出て行かなくてもいいじゃない」 と一人ごちるルイズだったが、その原因が自分の着替えにあるとは気付く べくもなかった。 昨日の決闘の噂は、一日も立たずに学院中に浸透したらしい。ギアッチョの 行くところ常に生徒が道を開け、ギアッチョの後ろには謎の魔法を使う男を 一目見ようと大勢の野次馬が付き従っていた。 ――やれやれ・・・シナイ山で啓示を受けた覚えはねーんだがな ギアッチョは畏怖と好奇の視線に辟易していたが、また同時に奇妙に新鮮な 感覚を覚えていた。ギアッチョの生前は目立つという行為はタブーであった。 暗殺を成功させる為、敵の刺客から逃れる為――何か特殊な場合を除き、 ギアッチョ達暗殺者が目立ってしまうことは決してあってはならないことなのである。 こんなに大勢の人間に注目されるのは初めてか、でなくとも久方ぶりの経験だった。 まぁ実際にはギアッチョがそう思っているだけで、客観的にはギアッチョは暗殺者と して有り得ないぐらい目立ちまくっていたのだが。暗殺チームで刺客に襲われた 回数にランキングをつけたならば、ギアッチョはブッちぎりで一位だったことだろう。 「あいつじゃなきゃあ10回は死んでるな」とは地味度一位のイルーゾォの言である。 「おはようございます」 シエスタはにこやかにギアッチョを出迎えた。 「ギアッチョさんの分、もう出来てますよ」 悪いな、と答えてギアッチョは厨房に入る。マルトー達と適当に挨拶を交わして テーブルに着くと、そこには既にギアッチョの為に朝食が用意されていた。 「さぁ食べてくれ!少しならおかわりもあるから遠慮するなよ!」 マルトーはそう言うと意味もなく豪快に笑った。 「いただくぜ・・・ん?」 いざ食事を始めようとしたギアッチョは、窓の外から赤い何かが覗いている 事に気付いた。よくよく眼を凝らすと、そこにいたのはキュルケの使い魔であった。 ――あの化け物・・・サラマンダーとか言ったな ご主人様の命令でオレを監視 してるってェわけか・・・ご苦労なこった ルイズが言っていた、使い魔の視覚と聴覚を共有する力を使っているのだろう。 ギアッチョはスープを飲むふりをしながら、キュルケがフレイムと名付けた化け物を 観察する。どうやら本当に自分を監視しているようだ。脇目も振らずこちらを凝視 している。ガンくれてやろうかとも思ったが、特に迷惑でもないのでギアッチョは そのまま無視を決め込んだ。 「このままキュルケのヤローの疑いが晴れてくれりゃあ儲けもんだしな」 そう結論すると、ギアッチョは今度こそ目の前のご馳走に専念することにした。 それから数日は滞りなく進んだ。フレイムが四六時中ギアッチョの周りをうろついて いること以外は特に変わったこともない。ギアッチョ同様早々にフレイムに気付いた ルイズがキュルケに食ってかかろうとしたが、ギアッチョに静止されて引き下がった。 ギアッチョがキレた回数もたったの3回と、実に平和な日々だった。 「明日は街に出るわよ」 その夜、ルイズはそう宣言した。 「授業はねーのか」 と訊くギアッチョに、 「明日は虚無の曜日だからね」 短く答えるルイズ。虚無だ何だと言われてもギアッチョに分かるわけもなかったが、 まぁ要するに休日なのだろうと彼は判断した。何をしに行くのかと尋ねると、 「剣を買いに行くのよ」という答えが返ってくる。 「剣だぁ?誰が使うんだよそんなもんよォォ」 当然の疑問を放つギアッチョをルイズは指差した。 「ああ?いらねーよそんなもん オレは素手が一番力を発揮出来るんだからな・・・ 第一ナイフや銃を扱ったことはあっても剣なんざ触ったこともねーぜ」 ホワイト・アルバムはプロシュートのグレイトフル・デッドと同様、直触りが最も効果を 発揮するスタンドである。わざわざ剣を握って片手をふさがらせる必要はない。 そう言うと、 「そ・・・それは・・・えっと、あれよ・・・だから」 何故かしどろもどろになるルイズである。 「・・・そ、そうよ!貴族の使い魔たる者、剣の一つや二つ下げていなければ格好が つかないの!分かったらつべこべ言わずに寝なさい!明日は早いんだからね!」 そう言い放ってルイズは逃げるようにベッドに潜り込んだ。 ギアッチョは「剣下げてる使い魔なんて見たことねーぞ」と言おうかと思ったが、 ギーシュ戦の感謝を素直に言えないルイズの遠まわしな礼だと気付いて黙っている ことにした。 「剣で何とかなる敵がいるならそれが一番だしな・・・・・・」 今は平和だがこれから何があるか分からない。スタンドはやはり極力隠すべきだと 判断したギアッチョだった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2049.html
「・・・それじゃあ開けるわよ・・・」 揺らめく炎が微かに照らす岩壁に、少女の声が反響する。誰も近寄らない魔物の 巣窟、その深奥に安置された古びたチェストに手を掛けて、キュルケは真剣な 眼でルイズ達を見た。少し汚れた顔を皆一様に頷かせたことを確認して、 ゆっくりと蓋を開く。 キュルケの地図によれば、犬にされた王女の呪いを解除したとも、王に化けた トロールの魔法を見破ったとも伝わる「真実の鏡」がこの洞窟に隠されていると いう話だった。もし本当ならば世紀の大発見である。期待と不安の眼差しの中、 箱の中から姿を現したのは―― 「なッ・・・!」 粉々に割れた鏡の残骸だった。 「何よそれぇ~~~・・・」 糸が切れた人形のように、キュルケ達はへなへなとへたり込んだ。 「み、見事に割れちゃってますね・・・」 「・・・真贋以前の問題」 脱力するシエスタの横で、流石のタバサも疲労の溜息をついた。 「・・・戻るか」 頭を掻きながら呟くギアッチョに異を唱える者はいなかった。 その夜。 「はぁ~~~~~~・・・・・・」 適当に見繕った洞穴に腰を下ろして、ギーシュは深く息を吐き出した。 「七戦全敗とはね・・・」 焚き火に手を当てながら首を振る。 そう。現在消化した地図は八枚中七枚、そしてその全てが到底お宝等とは 呼べないガラクタのありかであった。 炎の黄金で作られた首飾りが隠されているはずの寺院にあったのは、真鍮で 出来た壊れかけのネックレス。小人が遺跡に隠したという財宝は、たった六枚の 銅貨だった。それでも何かが出てくるならばまだいい、中には地図に描かれた 場所自体が存在しないことすらあった。 「ま、いい経験が出来てよかったじゃあねーか」 ギアッチョが戦利品の欠けた耳飾りを眺めながら言う。彼の言ういい経験とは、 無論実戦経験のことである。この数日間否応無く化物の群れと戦い続け、 ルイズ達は最後にはギアッチョの助けが無くともそれらを殲滅出来る程に なっていた。 「おかげさまでね・・・」 「懐が暖まらないのは残念だけどね」 そう言いながらも、不思議とキュルケに悔しさは無い。そして、それは皆同感の ようだった。 ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、ルイズは静かに言う。 「でも・・・楽しかった」 「・・・そうだね」 その言葉に、皆の顔から笑みがこぼれる。傍から見れば何の得も無い、くたびれ 儲けのつまらない旅行だろう。しかし――損だとか得だとか、そんなことは彼女達 にはどうだっていいことだった。 眼に見えるものは何も無い、手に取れるものは何も無い。だが彼女達が手に入れた ものは、だからこそその胸の中で強く輝いている。 「・・・これ・・・」 ルイズは手のひらに慎ましく乗っている六枚の銅貨に眼を落とす。それは今回の 数少ない戦利品の一つだった。とは言え、とりたてて古銭というわけでもない 上どれも皆錆び放題に錆び、あちこちが傷つき欠けている。とりあえず持ち 帰ったはものの、どう考えても買い取り不可であろうこれをどうしたものか、 皆の頭を悩ませている一品であった。 「・・・・・・これ、皆で一枚ずつ持たない?」 しばし考えた後、ルイズはおずおずとそう言った。 「・・・分配?」 意味を量りかねて、タバサは小首をかしげる。 「ううん、そうじゃなくて・・・」 「こういうことだろう?」 そう言ったのはギーシュだった。ルイズの手から銅貨を一枚取り上げると、 錬金で中央に小さく穴を開ける。ガラクタの中からネックレスを取り出し、 穴に通して首にかけた。 「う、うん・・・」 ズレてはいるが殊更外見を気にするギーシュが躊躇い無く銅貨を見につけた ことに、ルイズは聊か驚きながら首を頷かせる。 「・・・解った」 得心した表情で立ち上がると、タバサもまたルイズの掌から銅貨を一つ掴む。 後に続いてキュルケが二枚をその手に取った。 「ほら、シエスタ」 「へっ?」 焚き火に鍋をかけていたシエスタは、キュルケに差し出された銅貨に眼を丸く する。一拍置いて、ブンブンと手を振ると慌てた口調で言葉を継いだ。 「そそ、そんないけません!折角の宝物を私のような平民に――きゃっ!」 キュルケはシエスタの額を中指で軽く弾いて言う。 「全く、まだそんなことを言ってるの?平民だとか貴族だとか言う前に、 私達は友達じゃない 大体、貴族と平民に違いなんて何も無いことは貴女が 一番よく知ってるでしょう?」 「・・・そ、それは・・・」 「ん?」 シエスタの瞳を覗き込んで、キュルケは優しく微笑む。シエスタは少しの間 銅貨を見つめて逡巡していたが、やがてキュルケと眼を合わせて口を開いた。 「・・・私でも――いいんでしょうか」 「よくない理由が無いわよ」 きっぱりと、キュルケは断言する。シエスタは少しはにかんだ笑みを浮かべて、 静かに銅貨を受け取った。 「ありがとうございます・・・ミス・ツェルプストー」 「き、君達いつの間にそんな関係にッ!?」 「どんな関係も無いから鼻血を拭きなさい」 何やら興奮した面持ちのギーシュを適当にあしらうと、キュルケはルイズに 視線を移して、 「ほら、まだ残ってるでしょうルイズ」 「・・・うん」 意味するところを察したらしいルイズは、掌に残った銅貨を一枚取り上げて、 ゆっくりとギアッチョに差し出した。 「受け取って、くれる・・・?」 「――・・・・・・」 ギアッチョは答えずに錆びてひしゃげた銅貨を見つめる。 これは児戯だ。心に風が吹けば飛び、薄れ、消えてしまう記憶を、それでも 留めておきたい子供の。 ――それでも。彼女達にとっては、この銅貨は紛れも無い宝物になるだろう。 ギアッチョは口を閉ざす。黙ったまま――その眼差しに万感を込めるルイズから、 銅貨を受け取った。 「ギアッチョ・・・」 ルイズの、キュルケ達の顔が綻んだ。どうにも居心地が悪くなって、 ギアッチョは銅貨に眼を戻す。薄くて軽いそれが、少しだけ重さを増した ように感じた。 「さ、皆さん お食事が出来ましたよ」 やがて完成したらしいシチューを、シエスタは鍋からよそってめいめいに配る。 食前の唱和もそこそこに、動き疲れたルイズ達は少々はしたなく食器に手を 伸ばした。 「・・・おいしい」 食べ慣れないが実に美味しいシエスタの料理に、ルイズ達は揃って舌鼓を打つ。 兎肉や種々のキノコにルイズ達が見たことも無いような山菜が入ったそれは、 聞けばシエスタの村の――正確には彼女の曽祖父の、郷土料理なのだと言う。 それから、話題はそれぞれの郷土のことに移った。少し酒の入ったギーシュは 饒舌にグラモン家の領土を語り、それを皮切りに皆わいわいと言葉を交わし 始める。ギアッチョも酒を傾けながら時折話に混ざっていたが、それを見て タバサがふと思い出したように呟いた。 「・・・貴方は?」 「あ?オレか?」 「そういえば、ギアッチョの話は聞いたけどそっちの世界の話は聞いて ないわね 良ければ聞かせて欲しいわ」 「・・・そうだな」 キュルケの言葉に、空になった杯を弄びながら答える。 「前にも言ったが、最も大きな違いは魔法なんてもんが存在しねーことだ」 「君のようなスタンド能力はあるのにかい?」 「こいつは例外中の例外だ スタンドを知ってる人間なんざ、さて世界に 何人いるかっつーところだな ・・・ま、そう考えるとよォォ~~~、 魔法使いがひっそり存在してるって可能性も否定は出来ねーが ともかく 殆ど全ての人間が魔法なんて知らねーし信じちゃあいねー そういう世界だ」 ギアッチョの説明に、キュルケ達は一様に不思議な表情を浮かべる。 「何度聞いても想像出来ないな・・・ ということはマジックアイテムも 無いんだろう?不便じゃないかね?」 「不便ってのは便利さを知って初めて出る言葉だと思うが・・・ま、別に んなこたぁねー 魔法の代わりに、地球の文明は科学によって発展してきた」 「・・・科学」 「あの教師――コルベールか?いつだったか、授業で簡単な内燃機関を 披露してたがよォーー、例えばあれを応用すると馬車より速い乗り物を 作れる 国にもよるが、大半の人間はそいつを足に使ってるな」 「えーっと・・・?」 案の定と言うべきか、今の説明を完璧に理解出来た者は居ないようだった。 眼鏡をかけ直す仕草の間に、ギアッチョは解りやすい例えを捻り出す。 「・・・簡単に言うとだ」 軽く居住まいを正すと、片手で天井を指しながら、 「あの飛行船・・・あれを動かしてる動力があるだろ」 「風石」 間を置かず補足するタバサに頷いて続ける。 「そいつを人工で作り出したみてーなもんだ」 おおっ、と全員が驚いた顔になる。 「凄いじゃない!魔法も使わずにそこまでのことが出来るなんて!」 得心がいって俄然興味が沸いたのか、キュルケが少し身を乗り出して言った。 いかにも非魔法的技術に特化したゲルマニアの貴族らしい反応である。 「あら・・・?ということは、コルベール先生は雛形とは言えそれを 一人で作り上げたということ?」 「そういうことだろうな」 油と薬品の臭気が漂う研究室で独り研究に明け暮れる奇矯な教師、という 学院一般の評判を思い出してギアッチョは答えた。「そう・・・」呟くように 言うと、キュルケは少し複雑そうな表情を見せる。 「それじゃ、他にはどんなものがあるの?」 続けて問い掛けるルイズに、ギアッチョは面倒というよりは怪訝な視線を 向けた。 「おめーにゃあ何度も話してるじゃあねーか」 「そうだけど、もっと詳しく聞きたいんだもの それに、皆は初めて聞く ことでしょ」 「ギアッチョさん、私ももっと聞きたいです」 ルイズとシエスタの言葉に、ギーシュが頷きで賛同の意を示す。ギアッチョは ガシガシと頭を掻いて、一つ溜息をついた。 「・・・ま、別にかまわねーが」 とは言え、乱暴な言い方をするならば殆ど何もかもが違うような世界である。 はて何から喋ったものかとギアッチョは一人思案した。 先端科学の話でもするかと考えたが、観測者の存在が観測結果に影響を与える 等と言ったところで理解は難しいだろう。考えた末に比較の可能な乗り物から 話すことにすると、ギアッチョは手近な小石で地面に絵を描き始めた。 「飛行機っつー代物があってな・・・」
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前ページ次ページゼロの使い魔人 「チキュウ? トウキョウ? シンジュク? …変わった地名ね。聞いた事ないわ」 「…ハルケギニア大陸のトリステイン王国、だったか。一晩に月が二つも昇る夜、 というのも有り得ん話だが、何より魔法なんて代物は、俺の世界では表向き、完全に否定されたからな」 「そもそも、あんたのいた世界ってなによ? 月が一つだけ? しかも、魔法が無いだなんて信じられないわ」 …その夜。 学院生寮内、ルイズの私室にて両者は話合いの場を持っていた。 部屋の主は、天蓋付きのベッドに腰を下ろし、龍麻はその対面にて椅子に座り、足を組んでいる。 「別の世界から(無理やり)呼び込まれた」と言う龍麻の主張に対し、ルイズは露骨な不信…を通り越して、 『頭がちょっと可哀想な人』という視線を向けっ放しだった。 相棒ともいえる、小型多目的情報端末(通称H.A.N.T)を始めとする『証拠』を見せて、どうにか納得させようとした龍麻だが、 「ふーん、でも、これだけじゃ、わかんないわよ」 「わからん奴だな…。なら、お前達には出来ない事が、当たり前に出来る場所が有る…。とでも考えておけ」 これ以上、説得と説明を続けても無駄と感じ、龍麻は本題を切り出す。 「――回りくどいのは無しだ。俺が、此処から元の世界へと帰る方法は有るのか?」 「無理よ」 「予想通り…。と、言いたいが、どういう理由でだ?」 「召喚の魔法…つまり『サモン・サーヴァント』は、ハルケギニアの生き物を呼び出すのよ。 普通は動物や幻獣なんだけどね。人間が召喚されるなんて初めてだわ。 そして…、あんたはわたしの使い魔として、契約しちゃったのよ。あんたがどこの田舎モノだろうが、 別の世界とやらから来た人間だろうが、一度使い魔として契約したからには、もう動かせない」 「…なんつー横暴かつ、一方的な話だ…! 大体、意に沿わん相手が来たなら、 無理に契約せずとも、送り返すなり、別の相手を探すなりするのが自然だろうが…!?」 こめかみに指をやって、怒りと偏頭痛を抑えながらの龍麻の言葉に、ルイズは頭を振る。 「それも無理」 「…即答かよ。キッチリ説明してくれるんだろうな?」 「だって、あんたの世界と、こっちの世界を繋ぐ魔法なんて無いもの。そして、『サモン・サーヴァント』は 呼び出すだけ。使い魔はメイジにとって、生涯のパートナーよ。それを元に還す呪文なんて、存在しないし……」 「…で、何と続くんだ?」 「一度呼び出した、その使い魔が死ぬ迄、『サモン・サーヴァント』を唱える事は出来ないのよ。 例え、それがどんなに強いメイジであってもね」 「…………。つまりは、帰る途など無く、このまま一生かそれに相応する時間を、お前に付き合え、と」 ぎり、と言葉の最後に歯ぎしりが混じる。 「…俺もよくよく、運の無い男だが、それにも増して巫山戯ているのは、この世界と魔法だな……」 と、心の底からの悪罵を吐く龍麻に、ルイズもルイズでジト目を向ける。 「ほんとに…、なんであんたみたいなのが召喚されちゃったのよ! このヴァリエール家の三女が……。 由緒正しい旧い家柄を誇る貴族のわたしが、なんだって平民なんかを使い魔にしなくちゃなんないのよ?」 「…五月蠅い。その科白、熨斗と引き出物付けて返す。後先考えず、下手糞な術を使いやがって。 誰が好き好んで、こんな貴族や魔術師なんぞがのさばる世界に来て、従僕(サーヴァント)になるものか」 我の強い者同士、深刻かつ多大な互いへの失望と苛立ちをぶつけ合う。 既に両者の間に漂う空気は、リアルファイト勃発迄の秒読み段階といっていい。 「――で、だ。お互いこれ以上無い程、不本意かつ現状に対し、不満と怒りを抱え込んでいる訳だが」 「それがなによ」 「話が進まんからな。一方的な従属など真っ平だが、条件によっては、俺は妥協しないでも無い」 「わたしに従うって事?」 「何を聞いてんだ。――いわば、取り引きだ。お互い、持っている物を出し合う。俺は労働力なり、技能を出す。 お前は、衣、食等の俺が動くのに必要な物を出す。…決して理不尽なモノでは無いと思うが?」 聞きながら、ルイズの眉が段々吊り上がって行くのが見て取れるが、気にせず続ける。 「俺は絶対に帰るつもりだが、その為には、この世界の情報が必要る。片やお前の方も今迄の話を総合するとだ、 形はどうあれ魔術師である以上、俺という使い魔がいない事には、此処での生活なり立場に支障をきたす…違うか?」 龍麻の声に、む、とルイズの表情に不機嫌そうな色が浮かぶ。 『……………………』 それきり、睨み合う二人。 この場合、先に視線を逸らした方が負けだというのは言うまでも無い。 「重ねて言うが、一方的な従属はせん。だが、仁義なり道理や良心に背かん限り、 そちらの指示や意思は尊重した上、希望に対しても善処するさ」 「――わかったわよ! 色々気に入らないけど、家僕の声を聞き入れるのも又、主の器量よ。 いいわね? これからは、わたしがあんたの主人よ」 「交渉成立…だな。短い付き合いだろうが、それ迄宜しく頼むよ、マスターさん」 椅子から立つと、軽くではあるが龍麻は頭を下げて見せる。 「なによ、そのマスターって言葉は?」 「俺の世界で言う所の、主君なり師匠等、目上の人物を指す言葉だ。 人前で名前や姓を呼び捨てにするのは、無礼に当たるんだろう?」 「そんなの当たり前じゃない」 「なら、それでいいだろう。…で、だ。使い魔として、俺に一体、何をさせるつもりでいるんだ?」 との龍麻の質問に、ルイズはぴっ、と人差し指を立てる。 「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」 「つまり、感覚または認識の共有…。と、いう訳か」 「そうよ。でも、あんたとじゃ無理みたいね。現に、何にも見えないし、聞こえないわ」 「それは無条件で成立する物なのか? 小動物ならまだしも、確たる自我を持つ人間相手なら、 相互の相性なり、魔術師側の技倆に依る可能性も在ると思うが?」 と、龍麻は知り合いの陰陽師や魔女らとの付き合いから得た、知識を持ち出す。 が、龍麻の疑問を無視したルイズは、別の話題を持ち出した。 「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば秘薬とかね」 「秘薬?」 「特定の魔法や儀式を行う時に必要な触媒よ。硫黄とか、コケに…、ある種の鉱石、宝石も含まれるわね」 「成る程」 「あんた、トレジャーハンターだったっけ? そういうの、得意なんじゃないの?」 「…不可能では無いが、すぐには無理だな。俺の持つ知識が、そのまま『こちら側』でも通用するとは限らん。 やるなら、『こちら側』での下調べ…、偏に時間が必要るな」 「そう。期待はしてないから。最後に、これが一番なんだけど…。使い魔は、主人を護る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から護るのが一番の役目! …出来ないとは言わせないわよ」 「この六年で、一対一で負けたのは一度きりだな。後は常に一対多数の状況で生き残って来たが」 「あんたが何と戦ってたかは知らないけど、ウソや口からでまかせで無い事を祈ってるわ。 …強い幻獣だったら、並大抵の敵には負けないし、こんな心配をせずにすむんだけど」 「言ってろ」 「――そうそう。部屋の掃除や洗濯とかもあんたの仕事だからね。さてと、喋ってたら、眠くなってきちゃったわ」 その声で話は終わりと判断した龍麻は、椅子を元の場所に戻すと部屋の壁際に陣取り、 ルイズに背を向けて所持品を確かめる。 …バックパックに穴が開いていたとかいうベタな展開は無く、詰め込んでいた物品が床に並ぶ。 此処に持ち込めたのは、銃火器が大小合わせて三梃。鞭が一振りに、手甲一つ。 永久電池を含む希少品(オーパーツ)に始まり、銃器に対応した弾薬類はそれなり。爆薬類は…僅少。 後は緊急医療キットと某国難民も喰わんと揶揄られる野戦食に、護符や雑具の類いで全てである。 「――あの三連戦が響いたなぁ…。こんな事になるのなら、銃器は弾の共有が利く奴を用意するんだった…」 ついついぼやく龍麻の頭にばふっ、と投げかけられる物がある。 何かといえば、ルイズが先程迄身に着けていた、制服のブラウスやスカートに肌着。最後に薄手の毛布である。 「これ、明日になったら洗濯しといて。後、ベッドは駄目だからこれを使いなさい」 「汚れ物を他人に投げるな! そこらに一纏めにして置いておけ! …で、洗い場はどこだ?」 「ここに仕えるメイドか、使用人にでも聞けば解るわよ」 興味なさげに言い捨てると、指を鳴らす。 同時にランプの灯が落ち、室内を照らすのはカーテン越しに差し込む双月の光だけとなる。 ――部屋の主は眠りの国へと旅立とうとしていたが、居候にはまだ、確かめるべき事があった。 結跏趺坐に組み、瞼を閉じて精神を研ぎ澄す。 息を継ぐ毎に、身体の奥底より湧き出す《力》を全身に行き渡らせながら、一点に導き、高めながら望む形へと錬り上げる。 「……巫炎」 短く呟くと、開いた掌の中で『炎氣』により生み出した、鮮やかな焔が小さく躍る。 (ふう…。世界や法則が異なる上、龍脈との繋りが無い今は、《黄龍の力》は駄目だが、 普通に《力》を使う分には、異常が無い事は不幸中の幸いだな……) 手を振り、焔を消す龍麻。 (――地図も羅針盤も無い旅だが、俺の採る道は決まっている。この世界の魔術師共が存在しないと断言しようが、 関係無い。何がなんでも、還る手段を探り当てて、生きて日本の土を踏んでやる…!) 口に出す事無く、決意を己が裡に刻み込むと、壁に寄り掛かって毛布を被る。 睡眠に優る疲労回復は無し。腕時計のアラームをセットした龍麻も目を閉じる。 ――こうして、彼と彼女の長過ぎる一日は終わったのだった。 ハルケギニア24時… 双月の輝きは語るを知らず、 歴史の流れは人には見えず、 希望は全ての心の中に… 時は静かに命を刻む。 前ページ次ページゼロの使い魔人
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「ここにフーケがいるの?」 「ええ、わたくしの調査によれば」 中から気取られない程度の距離を保って、一行は茂みの中から廃屋を観察 する。「ここからじゃ分からないわね」とキュルケが口にしたのを合図に、一同は一斉に顔を見合わせた。 「誰かが偵察に行かないとね・・・」 「セオリーとしては捨て駒が見に行くべきかしら」 「ちょっと!なんで僕を見るんだい!?」 あーだこーだと言い合うハデな髪の三人を尻目に、タバサが「ギアッチョ」と呟くのとギアッチョが腰を上げるのはほぼ同時だった。 「ちょ、ちょっとタバサ!?」 ルイズが抗議の声を上げる。青髪の少女はちらりとルイズを見ると、 「無詠唱」 ギアッチョを指してそう呟いた。そしてギアッチョがそれを受ける。 「なかなか実戦慣れしてるじゃあねーか小せぇのよォォー いい判断だ・・・この中で最も不意打ちに対応出来るのはオレってわけだからな」 無詠唱という単語にミス・ロングビルがピクリと反応する。腰に下げた剣を抜こうともせずに廃屋へ向かう男の背中を見ながら、ミス・ロングビルは誰にともなく尋ねた。 「ミスタ・ギアッチョはメイジなのですか?」 その質問に、全員が今度は一斉に彼の主を見る。ルイズはどう言っていいものか少々言いよどんだが、 「ま、まぁ・・・そんなものです 厳密には少し違うらしいですけど」 とりあえず当たり障りの無い程度に答えておくことにした。というか、ルイズもそれ以上のことは知らないのである。 魔法ではないとキッパリ言われたのだが、じゃあどこが違うのかと言うことまでは教えてくれなかった。 緑髪の秘書は無詠唱という部分を詳しく知りたがっているようだったが、今はそんな話をしている場合ではない。ルイズは使い魔が襲われてもすぐ助けられるよう、杖を抜いて彼を見守った。 木々に身を隠しながら小屋へと向かう。ギアッチョは別にいつ襲われてもいい、むしろ手間が省けるからとっとと襲ってこいぐらいの気持ちだったのだが、万一逃げられると後が非常に面倒なことになるので真面目にやることにした。 「ねえ、何かあいつ凄く隠れ慣れてない?」 後方で様子を伺うキュルケがそう口にする。タバサやギーシュ達も、その洗練された動きを興味深げに見守っていた。自分の使い魔が褒められて嬉しくない主人がいるだろうか? 「そりゃ、凄腕の暗殺者だったんだからね」 と胸を張りたかったルイズだが、流石にそんなことをバラしてしまうのはどうかと思って黙っていた。 そうこうしているうちに、ギアッチョは廃屋に辿り着く。入り口の横にスッと身を隠し、 ――ホワイト・アルバム スタンドを発動させる。 「人の気配はしねぇが・・・気配を殺す魔法なんてのがあってもおかしかねー 念を入れておくとするぜ」 ギアッチョの足から、小さくビキビキという音が発生する。その音は入り口へ 向かって進み、そしてそこを見事な氷の床へと変えた。 「逃げようとしてもこいつでスッ転ぶってわけだ」 そうしておいて、一分の無駄も無い動きで小屋の中へと滑り込む。身を低くして一瞬で周囲を見渡し、隠れている者がいないかを探した。 「・・・誰もいねぇな」 わざと声に出して呟き、そして敢えて隙だらけの挙動で小屋の中心に立つ。 五秒、十秒。何かが襲ってくる気配はない。逃げ出す気配もない。 「やれやれ」 どうやら本当に誰もいないようだ。別の意味で面倒なことになるなと思いながら、ギアッチョはルイズ達にOKのサインを送った。 「二番手は僕に任せたまえ!!」 誰もいないと分かって俄然やる気が出たギーシュが猛然と小屋に突進し、 「ワアアアアーーー!!」 見事に氷のトラップに引っかかった。一回転したのち背中から落下したギーシュを確認してから、ギアッチョはホワイト・アルバムを解除する。 わざとだよね?わざと解除しなかったよね?というギーシュの恨みがましい視線を清々しくスルーして、ギアッチョはキュルケ達を迎え入れる。 ルイズは小屋の外で見張りをし、ミス・ロングビルは周囲の偵察をすることになった。 まだ床で呻いているギーシュを「てめーも見張れ」と蹴り出して、キュルケ、タバサと共に家捜しにかかる。 程なくして、タバサが無造作に置かれていた破壊の杖を見つけ出した。 「ちょ、ちょっと待って 何かおかしくない?こんな簡単に・・・」 キュルケの疑問はもっともである。ギアッチョは警戒するように辺りを見渡した。 「普通に考えて罠だろうな これから何かを仕掛けてくるか・・・あるいは既に何かを仕掛けているかよォォ」 タバサはスッと杖を掲げると、探知魔法を唱える。 「周囲に魔力の痕跡は見当たらない」 タバサは簡潔に結果を報告すると、指示を待つようにギアッチョを見た。 「となると 外・・・か」 その言葉に答えるかのように、外から何かを叫ぶルイズとギーシュの声が聞こえ――それと同時にミス・ロングビルが室内に飛び込んで来る。 「皆さんッ!土くれのフーケが現れました!!」 ギアッチョ達は急いで外に飛び出す。そこには自分達に背を向けて魔法を唱えているルイズと、杖を取り出したもののどうしていいか決めかねているのかオロオロするばかりのギーシュがいた。 そして二人の視線の先に見えるのは、今まさに森の中へ逃げ込もうとしている黒いローブの人物だった。 次々と放たれるルイズの爆撃をかわそうともせず一目散に茂みを目指している。 「あのローブ・・・間違いなくフーケだわ!」 すぐさま追いかけようとするキュルケとルイズを手で制止すると、 「てめーらは破壊の杖を守れ マンモーニ!てめーはついてこい!」 言うが早いかギアッチョが走り出す。 「えええっ!?ぼぼ、僕がかい!?」 「何しに来たのよあなたはッ!」 キュルケがうろたえるギーシュの尻を蹴っ飛ばし、ギーシュはその勢いで泣きそうになりながらギアッチョの後を追った。 「どうして待機なの!?私も――」 ルイズが今にも走り出そうとするのを見て、ミス・ロングビルがそれを優しく諭す。 「ミス・ヴァリエール もしフーケが逃げている先に罠があった場合、全員で行けば一網打尽にされてしまう可能性があるのです ミスタ・ギアッチョの判断は的確ですわ」 それを聞いて、彼女はしぶしぶながら納得した。 ――そう、的確な判断の出来るあんたなら・・・必ずこうすると思ったよ ギアッチョとおまけの身を案ずる3人の後ろで、有能極まる秘書は彼女を慕う者が見れば卒倒するような笑みを浮かべていた。 小屋から二十数メイルは離れただろうか。土くれのフーケは依然逃走を続けていた。 チッ、とギアッチョは舌打ちをする。 ――こいつは罠を設置してある地点に向かって逃げている可能性がある・・・ そこに辿り着かれる前に、今動きを止める必要があるってわけだ。 ギアッチョはおもむろにデルフリンガーを掴むと、「え、ちょ、何を」という声も無視してそれを大きく振りかぶり、フーケ目掛けて投げつけた! ゴワァァァーンッ!! 金属同士がぶつかり合う派手な音を響かせて、フーケはどうと地面に倒れた。 デルフリンガーに悲しい親近感を覚えているギーシュを放置して、ギアッチョは己の剣を回収する。 「初めてだ・・・こんな酷い扱いをされるなんて・・・」 デルフがぶつぶつ呟いているのも無視。そんなことよりギアッチョには一つ気になったことがあった。 ――今、何故「金属同士がぶつかる音」がした? 脳裏に去来する最悪の可能性を払拭すべく、倒れているフーケを強引に引き起こす! 「――ッ!!」 ローブを身に纏っていたものは、ギーシュのワルキューレを髣髴とさせる青銅の甲冑であった。 「な・・・!?なんだいそれはッ!!」 ギーシュが異変に気付き声を上げる。 「ハメられたっつーことだッ!!」 ギアッチョはそう言い捨てて甲冑の頭部を蹴り飛ばす。氷を纏ったその蹴りに青銅の兜はあっさりと胴から分断され、鬱蒼とした森の茂みへと消え去った。 「コケにしやがって・・・!後ろを見ろマンモーニッ!!」 ギアッチョはブチ切れていた。悪鬼羅刹をも射殺さんばかりの双眸をギーシュに向けて怒鳴る。 「ヒィッ!」という声と共に、ギーシュは殆ど条件反射で元来た道を振り返った。 「ンなッ・・・!!」 ギーシュは絶句した。八体の青銅の騎士が、蟻の子一匹通さぬ密集隊形でこちらへ向かって来ていたのだ。 「既にオレ達はよォォ~~・・・罠にかかっていたっつーわけだ」 バギャアア!!と土に戻りつつあった黒いローブの青銅人形を踏み潰して、ギアッチョは今や2メイル程にまで距離を詰めた甲冑の一個分隊に向き直る。 「わ、罠だって・・・!?」 ギーシュがオウム返しに口にする。 「オレ達とあいつらを分断し・・・あわよくば始末するってところだろうなァアァ。ナメやがって!クソッ!クソッ!!」 ギーシュはとりあえずギアッチョから1メイルほど距離を取った。 「そ、それでどうするんだい!?」 造花の杖を引き抜いてギアッチョに問う。 「ブッ潰して戻るッ!!」 言うがはやいか、ギアッチョの右手が氷に包まれ始め――、数秒後、それは氷の曲刀を形成していた。 「剣の作法は知らねーが・・・こいつで首を掻っ切るなぁ慣れてるからよォォー!」 ギアッチョは腰を落として氷刀を構え、ギーシュがワルキューレの練成を開始し――そして、戦いが始まった。
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なんというブチキレコンビ。ギアッチョの怒りは、まるで次はオレの番だと でも言うかのように静かに爆発した。 「ところでよォォ~~・・・ 朝こいつを食った感想はどうだったよお嬢様?」 ギアッチョは波一つない海のように静かに尋ねる。 「最悪だったわッ!・・・そういえばあんたよくも貴族の私にこんなもの 食べさせてくれたわね!後でお仕置きを――」 ゴバァアァ!! 穏やかな海が突然嵐に変わるように、ギアッチョの全身から突然冷気と 殺気が噴き出し始めた! 「うぅッ!?ちょっ・・・何!?こんなところで・・・!!」 ルイズは慌てて辺りを見回すが、周囲の貴族達にはギアッチョの異変に 気付いたようなそぶりは見受けられない。ギアッチョがミスタ達との戦いで 得た教訓の一つ、それは他のスタンド使い達が当たり前にやっている 「自分の能力を安易に敵にバラしたりしない」ということであった。己の命と 引き換えに得た教訓は、彼の心の根っこにしっかりと突き刺さっている。 激しくブチ切れた今も、「周囲に己の能力を悟らせない」という事に関して だけは自制が働いていた。つまり――ルイズが感じた冷気と殺気は、 他でもないルイズただ一人に向けられたものだったのである。 ギアッチョはすっと地面にかがむと左手で食事の入ったトレイを持ち上げ、 背中を曲げた体勢のまま、色をなくした眼でルイズを見る。 「つまりてめーはそんなものをこのオレに食わせるってぇわけだ・・・」 「なッ・・・あんたは使い魔なんだから当然でしょ!?使い魔の上に平民! 貴族と同じ地平線に立つことなんて一生ありえないのよ!!」 ビシッ!! ルイズがそう言い放った途端、最近聞き慣れた音が彼女の耳に響いた。 ビシィッ!!ビシビシビシッ!!ビキキィッ!! この音は、他でもないこの音は。ルイズは恐る恐る、音のした方向へ 眼を向ける。 音がしていたのはギアッチョの持っている食事・・・いや、食事だったもの からだった。パンとスープを載せたトレイは、ギアッチョの左手の上で まるで彫刻のように完璧に凍っていた。 「・・・・・・こんな・・・ええ?こんな『ささやかな糧』でよォォォ~~~~~ てめーの命を守らせようってのかァ?・・・え?おい」 ――てめーの人生のかかった仕事を・・・ 「あ・・・!」 クソみてーなはした金でよォォォ・・・―― バキィィィィインッ!!! ギアッチョがどんな仕事をしていたのか――ルイズがそれを思い出した 瞬間、白磁の彫刻は彼の手の上で「ブチ割れ」、そしてそれと同時に ギアッチョは食堂を震わせるような大声で叫んだ。 「オレ達の命は安かねェんだッ!!!」 いつもの薄っぺらな怒りではない。ギアッチョは本気で「怒って」いた。 ルイズは声も出せなかった。ギアッチョの剣幕に怯えていたのでは ない。一体自分がどれほど酷いことを言ってしまったのか、それを 理解したのである。自分はギアッチョ達を皆殺しにした『ボス』と 何も変わらない。ギアッチョの彼らしからぬ心の底からの叫びに、 ルイズの胸は千切れ飛びそうな痛みを感じた。
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ルイズはまた夢の中だった。今回もあの夢だろうかと彼女は身を固くしたが、今日の夢はどうやらそうではないようだった。 周りを見渡すと、どうやら自分は小舟の上にいるようらしい。ああ、とルイズは思う。ここはヴァリエールの屋敷だ。 そしてここは自分が「秘密の場所」と呼んでいた中庭の池――・・・。 魔法が使えないことで幼い頃から周囲に白眼視されていた彼女は、悲しい時悔しい時、いつもこの小舟の上で毛布を被り、ひっそりと泣いていた。 「泣いているのかい?ルイズ」 頭の上から声がかかる。はっとして顔を上げると、大きな羽帽子にマントを被った立派な貴族がルイズを見下ろしていた。 隣の領地を相続している、憧れの子爵だった。幼いルイズはそんな彼にみっともないところを見られて慌てて顔を隠す。 「子爵さま、いらしてたの?」 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ あのお話のことでね」 その言葉にルイズは紅に染まった頬を更に赤くして俯く。 そんな彼女を見て、子爵はあっはっはと頼れる声で笑った。そして彼はおどけた調子でルイズを元気づける。彼女にとっては大切な、懐かしい夢。 その時ざあっと風が吹き、子爵の帽子をさらっていった。 「へ?」 いつの間にか今の自分に戻っていたルイズは、帽子の下に現れた顔を見てぽかんとした。その顔は、どう見ても己の使い魔――ギアッチョのものだった。 「な、何よあんた どうしてここにいるのよ」 ルイズは当惑して叫ぶ。しかしギアッチョは、相変わらず感情の読めない眼でじっとルイズを見ている。 「何か言いなさいよ!ねえったら!」 しかしルイズの言葉などまるで耳に届いていないかのように、ギアッチョは何も言わず何もせず、ただルイズを見つめている。 そしてそのまま、一言も言葉を発さぬままにギアッチョの姿は掻き消え、そして小舟も、池も、世界も、ルイズも消えた。 廊下から聞こえてくる声で、キュルケは眼を覚ました。外は薄暗く、恐らくはまだ教師達も眠っているであろう時間帯だ。 静謐な学び舎に響く二人分の囁き声をキュルケはまだ半分寝ている頭で聞いていたが、それがルイズとギアッチョの声であること、そして会話のところどころに「姫さま」とか「任務」などという単語が混じっていることに気付いて飛び起きた。 物音を立てないように急いで着替えと支度を済ませると、ルイズ達が門へ向かったのを確認してから彼女はタバサの部屋へ飛び込んだ。 「タバサおはよう!寝てる場合じゃないわよ、面白いことが――」 部屋に入るなり早口にまくし立てるキュルケの言葉は、サイレンスの魔法によってあっという間に掻き消える。ドアの開く音で目覚めた瞬間反射的に杖を取って呪文を唱える、タバサの瞠目すべき早業であった。 無声映画のように身振り手振りを続けるキュルケを寝起き直後の胡乱な眼で眺めると、掴んだ杖もそのままにタバサは再びベッドの中に潜り込んだ。 キュルケはしばらくジェスチャーを続けていたが、タバサが完全にシカトする構えだと知ると、ならばとばかりに両手でタバサの肩を掴んで揺さぶる作戦に移行する。 最初のうちは無視を決め込んでいたタバサだが、キュルケが一行に諦めようとしないので仕方なくサイレンスを解除すると、 「・・・何?」 ウインド・ブレイクを唱えたくなる前に話だけは聞くことにした。 そんなわけで、タバサは今いそいそと支度を済ませている。 アンリエッタからの秘密の任務でギアッチョ達がアルビオンへ向かうらしいというのはキュルケ程ではないにしろタバサの興味を引いた。 それにキュルケも言っていたことだがルイズの身が安全であるという保障はない。 ギアッチョがいるのだから大抵のことは大丈夫だろうが、彼の魔法も万能ではないことはフーケ戦で証明済みである。 一瞬の思案の後、タバサはシルフィードによる尾行――キュルケに言わせると護衛――を承諾したのだった。 ちなみに当のキュルケはと言えば、何か野暮用を済ませてくると言ってどこかに行ってしまった。まぁそのうち戻ってくるだろうなどと考えながら、タバサは制服のボタンを留め始める。 キュルケはタバサの部屋に続き、またしても堂々とアンロックの魔法で部屋に侵入する。薔薇や宝石で派手に飾られた部屋――ギーシュの私室だった。 「ギーシュ!起きなさいってば ギーシュ!」 キュルケは周りの部屋に聞こえない程度の声でギーシュを起こそうとするが、幸せそうによだれを垂らしたまま彼は一向に目覚める気配がない。 キュルケは少し苛立ったような表情を見せると、ギーシュの耳元に口を寄せて一言ぼそりと何かを呟いた。 「うわあああああ!!待って、待ってくれたまえ!やってるから!ちゃんとやってるからマンモーニだけは――ぁああ!?」 効果覿面、その一言でギーシュはうわ言と共に跳ね起きた。「何だ夢か」と呟くとギーシュは息を吐きながら辺りを見回し、 「うわぁ!!」 キュルケと眼が合った。 「やれやれ・・・やっと起きたわね」 「キュ、キュルケ!?こんな夜も明けきらない時間に一体何の用・・・ハッ!? ダ、ダメだキュルケ!僕にはモンモランシーという女性がヘヴンッ!!」 ギーシュが言い終える前に、キュルケのカカト落しがギーシュの脳天に炸裂した。 「寝言は起きる前に言いなさい」 「・・・それで、後をつけるって言うのかい?」 後頭部をさすりながらギーシュが言う。 「失礼ね、護衛と言いなさいよ あなたは行きたがるかと思ったからわざわざ声を掛けてあげたわけ それで?行くの?行かないの?」 腰に手を当ててキュルケは身体を乗り出す。姫さまとか秘密とかヤバいんじゃないのと言ってみるが、キュルケはそれがどうしたという顔でギーシュの返答を待っている。 ギーシュはうーんと唸りながら数秒考えた後に、まあなんとかなるかと実にギーシュらしい結論を下した。 ギアッチョとルイズは馬を駆って学院を出る。正門の先では一人の男が彼らを待ち構えるように待機していた。 「ワルドさま!?」 ルイズが驚きの声を上げると、ワルドと呼ばれた男は人好きのする笑みを浮かべてそれに答えた。 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 ワルドはルイズに駆け寄ると、その華奢な身体を抱き上げる。 「お久しぶりでございます」 そう言って恥ずかしげに頬を染めるルイズを見て、ワルドは豪快に笑った。 「まるで羽のようだ! 相変わらず軽いね、君は」 「・・・お恥ずかしいですわ」 睫毛を伏せるルイズを、ワルドは優しげに見つめている。そしてそんなワルドをギアッチョが見つめていた。 「あいつは・・・昨日の護衛じゃあねーか」 ルイズがぼーっと見つめていた男だ。確か魔法衛士隊の隊長だとギーシュが言っていた。 「あのヒゲが従えてるのは、ありゃあグリフォンだね 正真正銘の魔法衛士隊、トリステインじゃあエリート中のエリートだ」 デルフリンガーがそう言って鍔を鳴らす。「妙な偶然もあったもんだな」と呟いてギアッチョは首をすくめた。 ルイズがギアッチョとデルフリンガーを紹介する。ルイズを下ろしたワルドは大げさな身振りで両手を広げると、 「君がルイズの使い魔かい? 人とは思わなかったな」 おどけた調子でそう言った。 「僕の婚約者がお世話になっているよ」 「婚約者ァ?」 彼らの意外な関係に、デルフリンガーが妙な声を上げる。ギアッチョはワルドをジロリと遠慮無しに観察すると、 「どういう縁だ?」 とこれまた遠慮無しに疑問をぶつけた。ワルドは帽子を取って被りなおしてから、「幼馴染さ」と答えた。 「領地が隣同士でね、ヴァリエール家とは昔から懇意にさせていただいているのさ」 その縁で、父親達の間でルイズとワルドの婚姻の約束が交わされているのだとワルドは説明した。 ――結婚って・・・いくらなんでも歳が離れすぎてるんじゃあねーのか? ワルドはどう見て二十代後半だ。対するルイズは、とギアッチョは彼女に視線を移す。 「な、何よ」 いきなり眼を向けられてルイズは心臓が飛び跳ねた。「け、結婚なんて小さい頃の約束で」だの「もう何年も会ってなかったし」だの、ルイズの口からは無意識の内に次から次へと言い訳が飛び出すが、肝心のギアッチョは一切聞いていなかった。 ――歳は聞いてなかったが・・・いいとこ十四歳って所だよなァァ 犯罪だろ、とギアッチョは思った。イタリアでは結婚可能な年齢は十八歳からだった。そうでなくても歳が一回り前後は離れていそうな二人である。 もっとも、実際は発育が少々哀れなだけでルイズはもう十六歳を迎えているのだが。 じろじろと自分を見るギアッチョをどう解釈したものか、 「なぁに、任務のことなら心配はいらないさギアッチョ君 こう見えても僕はスクウェアメイジだ 大船に乗った気でいてくれたまえ」 そう言ってワルドは自分の胸を拳で叩いて見せた。 「任務?」 ルイズがきょとんとした顔でワルドを見上げる。 「アンリエッタ姫殿下から直々に拝命したのさ 君達と共にアルビオンへ行かせてもらうよ」 そう言ってワルドはルイズに微笑んだ。 ――ま、確かにこんなガキと平民の使い魔を手放しで信用は出来ねーわな ギアッチョはそう納得して馬に跨る。ワルドはそれを見て、 「さあルイズ、こっちにおいで」 グリフォン隊の象徴であり、彼ら隊士の乗り物でもあるグリフォンを呼び寄せると、それに跨ってルイズを手招きする。 ルイズはちょっと躊躇うようにして俯くと、何故だかギアッチョが気になって横目で彼を見た。ギアッチョはデルフに眼を落として会話をしている。 まるでルイズに全く興味がないと言われているようで、ルイズは軽くショックを覚えながらとぼとぼとワルドの元へ歩き出した。 グリフォンの横まで来るとワルドはひょいとルイズを抱きかかえる。そうして手綱を握り、ギアッチョのほうを見てから杖を掲げて叫んだ。 「さあ諸君!出撃だ!」 その声を合図にグリフォンがばさりと飛び立ち、ギアッチョがそれを追って馬を駆る。 深くけぶる朝もやの中、こうして任務は始まった。
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空が青く、清く、何より広い。 無遠慮な壁に邪魔されることなく、どこまでも高く高く続いていく。 陽が暖かい。豊かな草原が風になびいて波を打っている。 潮代わりの草いきれが流れ、散っていく。 人間はこうした土地に、郷愁や温かみ、開放感に心地よさといった正の感覚を知るのだろう。 一般的なホモサピエンスとはかけ離れた存在である彼にも悪くない場所と思えた。 顎を引き、見渡し、頷く。やはり悪くない。 なぜここにいるのか、その原因は分からない。 ここが地球上のどこかも分からない。 何者かによるスタンド攻撃なのかも分からない。だが、それでも悪くはない。彼にとってはどうでもいい。 草の向こうに巨大な石造りの建物が見える。 テーマパークか。図書館、博物館、見たまま城。刑務所ということはなさそうだ。 退屈な環境ビデオのごとく、稀に見る良い環境だ。 周りを取り囲むは場所柄にそぐわない怪しげな集団だったが、それに怯え竦むことはなかった。 彼は無敵だった。文字通りの無敵だった。「敵」が「無」かった。 短くも長くもない生涯で恐怖を感じたことは一度としてない。 近しい者の死にも、それによって与えられるであろう己の死にも、 客観的な視点で俯瞰から眺め続けてきた。それは今現在も変わらない。 そこかしこから笑い声が漏れ聞こえた。聞き慣れた種類の笑い――これは嘲笑だ。 彼と同じく、集団に取り囲まれた一人の少女に対して斟酌無い嘲りが投げかけられている。 「使い魔」「失敗」「ゼロ」といった単語が四方から飛び交い、もしくは囁かれ、 愛らしい少女は白い頬を朱に染め、大きな瞳をさらに見開き、屈辱に肩を震わせていた。 意味の分からない単語も多かったが、そこにからかいの意思を感じ取ることはできた。 彼にとっては見慣れた光景だ。 何やら怒鳴り返しているところをみると、少女は侮辱に対し侮辱で返しているらしい。 やはり見慣れていた。 しかし集団ということを抜きにしても相手方の優位は小揺るぎもしないらしく、 少女の怒鳴り声は集団の上を空しく通り過ぎていくだけだ。 ここまでくると、もはや見飽きている感がある。 少女を含め、皆が皆似通った格好をしていた。 安物囚人服ではない。かなり上等な……学生服だろうか。 ただ一人の年長者である禿げかけた中年男性は、 ものものしい木の杖に前時代的な黒いローブを纏い、 まるでおとぎ話にでも登場する魔法使いのようだった。 眼と耳から手に入った情報を照合し、状況を読み取り、ここで彼は合点がいった。 なるほど、見飽きた光景だったわけだ。 ここはいわゆる新興宗教で、彼らはその少年信徒といったところか。 目の前の少女は、儀式か何かに失敗して笑われているらしい。 信仰をささやかな心の拠り所にするのは大いに結構。 だが、宗教そのものを心の全てにしてしまっては本末転倒だ。 かつて大切にしていたはずの人間関係は磨耗し、やがて消えてなくなる。 胴欲かつ青天井のお布施乞食に吸い上げられて金が無くなり、 信じる物以外の全てを捨てて時間も失い、教団の意向次第で唯一無二の生命さえ奪われる。 そこまでして尚、誰から感謝されるということもなく、教祖は笑い、妄執を捨てず、 誰のおかげでもない、自分が偉大だからこの世は動いているとうそぶき、ふんぞり返る。 何もいいことはない。幸せを掴むためにはもっと他にすべきことがある。 といった意のことをわめきたてたが、彼の声はあえなく無視された。 ためになる助言に聞く耳を持たないとは狂信者にありがちなことだが、 聞こえないふりにしては出来過ぎている。 目前まで全力移動してから緊急停止などといったことを試してみるが、それもまた無視された。 喋り過ぎだと叱責されたこともある声を張り上げ、周囲を旋回してみるが、 彼に注意を払うものは、少女を含めて一人としていない。 彼を見ることができる才能の持ち主はこの場にいないようだ。困ったことになった。 少女は人垣に怒鳴り返すのをやめ、今度は中年男性に食ってかかっていた。 桃色がかった柔らかな金髪が持つ印象に反し、何かと攻撃的に生きている。 そのなりふり構わぬ姿勢は周囲のさらなる失笑を買い、 それにより少女はますます必死になっていった。 中年男性はその他野次馬連中とは違い、それなりに同情的であるらしい。 チャンスは一度ではない。二度でも三度でもない。 五度でも六度でも成功するまでやればいい、と慰めともつかない慰めをかけ、 とりあえず授業を終了する旨を宣言した。 これは単なる儀式ではなく、授業の一環であったようだ。つまり宗教学校ということか。 彼にもいまいち得心がいかなかったが、それどころではないことが起きたため、 疑問は彼方へ吹き飛んだ。 中年男性――年齢や立ち振る舞いからいっておそらくは教師――の号令一下、 少年達――ということは生徒だろう――は宙に浮いた。そう、生身の人間が宙に浮いた。 大きな口をさらに大きく開け、半ば呆然と彼が見送る中、ある者は黙ったまま、 ある者は友人と談笑し、ある者は残った少女をからかいながら、石造りの建物に向かって飛んでいく。 ワイヤーもクレーンもタネもトリックもない。 自分達が仕出かした奇跡を特別視する様子もない。 ごく自然な、当たり前の、家常飯事、日常所作、息を吸って吐くのと同じように、空を飛んでいく。 あとには大口を開いて見送る彼と、笑いものになっていた少女が残された。 少女は遠ざかる背中の一群を睨み、ふと目を逸らし、だがもう一度睨みつけ、 今度は目を伏せ、ため息とともにもう一度目をやった。 今度は睨みつけてはいなかった。 空飛ぶ旧友達の最後の一人までが建物の中に納まるまで目を離さず、 自分以外の動くものが見えなくなってからようやく動き始めた。 右手を開き、閉じ、開き、閉じ、開き、じっと見る。 再び出かけたため息を噛み殺すとともに奥歯を噛み締め、 空を飛ばず、右足と左足を交互に動かし、確かな足取りで前へ進む。 「あ、チョット待ちナー」 我に返り、彼は制止しようとしたが無視された。やはり聞こえていない。 「待てっつてンのにヨーッ。ドーなっても知らねーゾ」 声は届かず、物理的に干渉する手段を持たない以上、黙って見送るしかなかった。 少女は一歩、二歩、三歩進んだところで「凶」を踏み、 そこから四歩、五歩、六歩、七歩いったところで石につまずき前へのめった。 両手と膝をつき、ギリギリで顔面による着地は防いだが、 どうやら膝をついたところに石が顔を出していたらしい。 「アーア……やっちまっタ」 不意の痛みに涙を浮かべ、その一滴を拭うために顔へ手を伸ばし、 頬に掌が触れたところでようやく気がついた。が、すでに時遅し。 「マ、コレでウンがついたってトコジャネーノ?」 愛らしい容姿に似つかわしくない、怒声とも悲鳴ともつかない叫び声をあげたが聞く者はいない。 少女が八つ当たりをしたくても相手はいない。 怒りと苛立ちを押し殺し、ハンカチでこすり、頬と掌に付着した獣糞を拭うのがせいぜいだ。 大変に気の毒だが、彼は同情できるだけの心的余裕を持たなかった。 少女の叫びや八つ当たりと同様に、彼の忠告を聞く者もいないのだから。 これは存在意義にもかかわる重要な問題だ。 去り行く少女を横目に、周囲を見渡す。辺りには何も無い。 草、草、草、草、そして石造りの建物があるだけだ。 少女――ゼロのルイズと呼ばれていた――に目を移し、そのまま止めた。 少し悩んだフリをして、ドラゴンズ・ドリームはルイズの後を追いかける。 龍の夢は未だ覚めず。
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この宿、「女神の杵」亭が砦であった頃の栄華を偲ぶ中庭の練兵場。 そこがギアッチョとワルド、二人の決闘の舞台だった。 腰を落として我流というよりは全く適当に剣を構えたまま、ギアッチョは心中で舌打ちする。 ――怒らせて手の内を曝け出させるつもりだったが・・・やっぱりそう上手くはいかねーらしい 敵もさる者、この程度の挑発で逆上するような器量ではないようだ。「流石は女王の護衛隊長ってわけか」とギアッチョは一人呟く。 しかしそれならそれで別にいい。少なくとも戦い方の一端は把握出来るはずだ。 ギアッチョは己の左手に眼を落とす。その甲に刻まれたルーンは、手袋の下からでもよく分かる光を放っていた。 「どうしたね使い魔君 来ないのならばこちらから行くよ」 一向に動こうとしないギアッチョを挑発すると、ワルドは地を蹴って駆け出す。 戦い慣れた者の素早さで一瞬にしてギアッチョに肉薄すると、レイピアのように作られた杖で無数の刺突を繰り出した。 風を切り裂いて繰り出されるそれをギアッチョはデルフリンガーで次々と捌く。 ――こいつはすげぇな・・・正に「身体が羽のように軽い」ってやつだ。 己の剣捌きに一番瞠目していたのは、他ならぬギアッチョ自身であった。 素の状態でもワルドの突きをかわす自信はあるが、今のギアッチョは例え千回突かれようがその全てをかわし切れる程に楽々とそれを捌いていた。 が、予想以上の「ガンダールヴ」の能力に意識が完全にワルドから逸れていた為、突きと同時に行われていた詠唱にギアッチョは気付けなかった。 詠唱が完了したと同時に目の前の空気が弾け、 「うぉおッ!?」 空気の槌をモロに受けてギアッチョは吹っ飛んだ。 ごほッと肺から空気を吐き出しながらもギアッチョはとっさに空中で体勢を整え、デルフリンガーを地面に突き刺して転倒を回避する。 「おいおい、ガードぐらいしたらどうだい? 手加減はしてあるが下手をすれば肋骨が折れるぞ」 羽根帽子のつばを杖の先端で持ち上げて、ワルドはニヤリと笑った。 ルイズが心配げに見守る中、ギアッチョはチッと一つ舌打ちをしてから剣を抜く。 「大丈夫かいダンナ」 「ああ?この程度じゃノミも殺せねーぜ」 若干ふらつきながらも、デルフリンガーにギアッチョは何でもないといった顔でそう返す。 ギアッチョは無傷で勝つことも少なくはなかったが、スタンド使い同士の戦いでは瀕死の怪我を負ったり手足が切り飛ばされたりなどということは珍しい話ではない。 それに比べれば今のダメージなど正に蚊に刺されたようなものであった。 余裕の笑みを浮かべるワルドにガンを飛ばして、今度はこっちの番だと言わんばかりに走り出す。 ワルドは杖を突き出して既に詠唱を終えていたエア・ハンマーで迎撃するが、歪んだ空気の塊が衝突する寸前ギアッチョは「ガンダールヴ」の脚力で右へ飛び避けた。 規格外のその脚力をフルに利用して、ギアッチョは一瞬でワルドの背後を取る。 そのまま身体をねじらせてデルフリンガーを一閃するが、ワルドは一瞬の判断でギアッチョに体当たりし、身体でその腕を止めた。 「・・・君、今首を狙ったな」 身体を衝突させ合った格好のまま、ワルドが鋭い眼で睨む。 「わりーな いつものクセでよォォー、次からは気をつけるとするぜ それよりてめー・・・なかなか素早い判断が出来るじゃあねーか」 「当然だ 女王の護衛を任される者の実力を舐めないことだな」 言うが早いかワルドはぐるりと回転してギアッチョに向き直り、そのまま流れるような動作で三発目のエア・ハンマーを放った。 下からアッパーの要領で撃ち出された風の槌はギアッチョを空高く打ち上げる――はずだったが、 「何・・・?」 ボドンッ!!といういつもの景気のいい打撃音は全く聞こえず、上空高く吹っ飛んでいるはずのギアッチョは数十サント浮き上がっただけで大したダメージもなく着地して いた。 デルフの口からは「おでれーた」という言葉が漏れていた。どうやったのかは分からないが、今自分は魔法を吸収した気がする。 しかし彼が己のしたことを完全に理解するより先に、ギアッチョは次の行動に移っていた。 メイジではないギアッチョは、今の現象をただの不発か角度その他の問題―― 要するに偶然だと考えた。 喋る魔剣を乱雑に構え直すと、色を失くした双眸でワルドを射抜く。 ――同じ魔法を三連発・・・工夫も何もありゃしねえ 手の内見せる気は更々ねえってわけか まあそれもいいだろう。剣のいい練習台にはなる。ギアッチョは足に力を込めると、地面を変形するほどの勢いで蹴って走り出した。 一方ワルドは、エア・ハンマーを打ち破ったものの正体に早くも勘付いていた。 ――あの剣に我が風が吸い込まれるのを感じた・・・どういう原理かは知らないが、どうやら魔法を吸収するマジックアイテムのようだな・・・ 杖をヒュンヒュンと振り回してから構え、ワルドは呟いた。 「それならそれでやりようはある」 「彼はどうして魔法を使わないんだろう?」 決闘を見物に来ていたギーシュが、ロダンの彫刻のようなポーズで言う。 同じく本を閉じて二人を見ていたタバサは、それを聞いてぽつりと口を開いた。 「力を隠してる」 「まあ、確かに王宮の関係者にアレがバレたら一悶着ありそうだものねぇ」 うんうんと頷いてキュルケが同意する。その横ではルイズがずっとブツブツ文句を言っていた。 「何よあのバカ・・・いつもいつも勝手なことばかりするんだから・・・!そりゃ使い魔だって物じゃないけど、たまには言うこと聞いてくれたっていいじゃない! ワルドもワルドよ いつもはこんなことする人じゃないのに・・・」 怒りと不安がないまぜになった顔で呟くルイズの肩にポンポンと手を置いて、ギーシュは遠い眼をする。 「分かってやりたまえルイズ 男にはやらねばならない時というものがあるのさ」 分かったようなことを言うギーシュにジト眼を送ってから、ルイズは複雑な顔でギアッチョ達に視線を戻した。 「全然分からないわよ バカ・・・」 決闘直後とは正反対に、今度はギアッチョが怒涛の勢いでワルドを攻め立てていた。 袈裟斬りから斬り返し、そのまま薙ぎ払いから突きを繰り出し、全く型というものを感じさせない動きで息つく暇なく攻め続ける。 言ってしまえば完全にでたらめな剣捌きなのだが、「ガンダールヴ」の力で繰り出される剣撃は力といい速度といいそれだけで大変な脅威であった。 しかしワルドは風を裂いて繰り出されるそれをひらりとかわしするりと受け流し、涼しい顔で避け続ける。 そしてギアッチョがデルフリンガーを大きく振り下ろした瞬間、ワルドは攻勢に転じた。 地面まで振り下ろされた魔剣を完璧なタイミングで踏みつけ、同時に手刀で喉を突きにかかる。ギアッチョは即座に左手でそれを払いのけたが、その瞬間胸に押し当てられた杖までは手が回らなかった。 ドフッ!! 空気が炸裂する音が響き、 「ぐッ!!」 人をあっさり数メイルも吹き飛ばす衝撃を再び真正面から喰らって、ギアッチョは豪快に吹っ飛んだ。ギアッチョはなんとかバランスを保って着地したが、 「剣を手放したな、使い魔君 勝負ありだ」 主人の手から離れた剣を踏みつけたまま、ワルドが勝利を宣言する。てめー足をどけやがれとデルフリンガーがわめいているが、彼はそれを軽く無視して続けた。 「やはり『ガンダールヴ』、とてつもない膂力だが・・・君の太刀筋はまるで素人だ」 自分を睨むギアッチョから眼を外して、ワルドはルイズへと歩いて行く。 「分かったろうルイズ 彼では君を守れない」 そう言ってルイズの肩を抱くと、後ろ髪を引かれるルイズを伴ってワルドはギアッチョに振り返ることもせず宿へと戻っていった。 そりゃあ剣なんざ今日初めて使ったからな、と彼が心の中で笑っていたことも知らずに。 恐る恐るギアッチョの様子を見ていたギーシュ達は、どうやら彼が怒っていないと知ってバタバタと駆け寄った。 「怒らないのね?ギアッチョ」 「意外」 キュルケとタバサが珍しいといった顔でギアッチョを見る。そんな彼女達に眼を向けて、ギアッチョはフンと鼻を鳴らして笑った。 「初めて剣を使った人間を本気で攻撃する野郎に怒りが沸くか?笑いをこらえるのに必死だったぜ」 初めてという言葉に、三人の顔はますます驚きの色を濃くする。 「ええ!?だ、だってあんな凄い動きしてたじゃない!」 その場の疑問を代表して口にするキュルケに、 「ルーンが光ってた」 フーケ戦の時と同じ、とタバサが鋭く指摘した。ギアッチョは数秒の黙考の後、 「・・・全くよく観察してるじゃあねーか ええ?タバサ」 諦めたように溜息をつくと、手袋をずらして左手をかざした。 「『ガンダールヴ』のルーンらしい 伝説の使い魔の印だとよ」 「が、がん・・・?何・・・?」 何それと言わんばかりのギーシュとキュルケにタバサが説明する。 「あらゆる武器を使いこなしたと言われる、始祖ブリミルの使い魔」 「嘘っ!?」「凄っ!」とそれぞれの反応を返す彼らの前で、ギアッチョは既に鞘に収めていたデルフリンガーを抜き放った。途端、左手のルーンが光り出す。 ギーシュ達がおおーだのうわーだのと感嘆の声を上げるのを確認してから、ギアッチョはデルフを収め直した。 「伝説だなんだと言われてもよく分からんが、あらゆる武器を操れるってなマジらしい 武器に触れるとそいつの情報が勝手に流れ込んで来る上に体重が無くなったみてーに身体が軽くなりやがる 大した能力だぜ」 練兵場跡でガンダールヴについてひとしきり歓談したところで、ギーシュがうーんと唸る。 「しかしやっぱり悔しいなぁ」 「ああ?」 「君の魔法は隠さなきゃならないってことは分かるんだが、君はワルド子爵にきっとある日突然伝説の力を得ただけのただの平民だと思われているだろう? それがどうにも悔しいというか歯がゆいというか」 ギーシュの言うことがよく分からず、ギアッチョは怪訝な顔で聞く。 「何でてめーが悔しいんだ」 「いや、だって僕達友達じゃないか」 「・・・友達ィ?」 ギアッチョが素っ頓狂な声を上げるが、ギーシュは全く真面目な顔で先を続ける。 「ルイズもギアッチョも僕の友達だよ 友達が軽く見られるのを何とも思わない奴はいないさ そうだろう?キュルケ、タバサ」 常人ならば赤面するような台詞をこともなげに言ってのけて、ギーシュは実に爽やかな笑顔で二人を見る。タバサは数秒ギアッチョを見つめると、小さくこくりと頷いた。 キュルケはそんなクサいセリフを振るなと言わんばかりにギーシュを睨むが、睨んだこっちが申し訳なくなるほどいい笑顔のギーシュについに負けて、はぁっと大きく溜息をついて口を開く。 「・・・ま、ヴァリエール家に対する累代の宿怨はとりあえず忘れておいてあげなくもないわ」 あくまで余裕の態度を通すキュルケだったが、タバサにぽつりと「素直じゃない」と言われて、 「ち、ちち違うわよっ!」 と途端に顔を真っ赤に染めて否定した。そんなキュルケをタバサは無表情の まま「素直じゃない」とからかい、「違う!」「素直じゃない」「違うっ!」「素直じゃない」の言い争いをギーシュは笑いながら見物していた。 ギアッチョは「友達」というものが嫌いだった。プロシュートではないが、そんなものは幸せな環境というぬるま湯に浸かっている甘ったれたガキ共のごっこ遊びだと思っていた。 普段友達だ何だと声高に叫んでいる奴等ほど急場でそのオトモダチをあっさり見捨てて逃げるものだ。 暗殺の過程や結果でそんな人間を何人も見てきたギアッチョには、「友達」などという言葉は唾棄すべき虚言以外の何物でもなかった。 見ようによっては淡白な関係だったが、彼はリゾットチームの仲間達とは常に鋼鉄よりも固い信頼で結ばれていた。 だからこそ、ギアッチョには「友達」などというものは上辺だけの信頼で寄り集まる愚者を指す言葉にしか思えない。 しかし。しかしギーシュ達はどうだ?ギーシュはルイズをバカにしていたが、家名を賭けてまで彼女に謝罪をした。フーケ戦では身体を張ってフーケの小ゴーレムを 受け止めた。 キュルケはルイズと宿敵であるような素振りを見せているが、ギアッチョがルイズを殺しかけた時真っ先にそれを止めた。ギアッチョがルイズに危害を加えないかを心配してフレイムに監視をさせていたし、フーケ戦ではルイズが心配で彼女に続いて討伐を名乗り出た。 タバサはシルフィードを駆ってギアッチョを止めた。宝物庫の件では文字通り命を捨てる覚悟でルイズ達を救い、その後も怒ることなく討伐を助けた。 そして何より、見なかったことにして逃げ帰ることも出来たというのに、彼女達は己の危険を顧みず傭兵達と剣を交えてまでルイズを助けに来たではないか。 バカバカしい、と言おうとしてギアッチョは口を開く。しかし楽しげに笑いあうギーシュ達にそう言い捨てることは、どうしても出来なかった。 ――甘ったれ共が・・・ 心中そう呟くが、ギアッチョにはもう解っていた。それはカタギには戻れない自分への、ただの言い訳だ。 人殺しだったイタリアの自分と、全てがリセットされたこの世界の自分。彼らの友情を受け入れることは、この世界での生を受け入れること。 ギアッチョは何一つ言葉を発せずに立ちすくんだ。 決断の時は、近い。
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変わったな、とギアッチョは思った。何が?他でもない自分自身がである。以前の自分ならルイズの甘言になど耳も貸さなかっただろう。躊躇無く中庭を凍結し、学院中を凍結しただろう。己のスタンドの最強を信じて疑わなかったし、実際無敵であった「例え時を止めるスタンドがいよーと、オレの敵じゃあねーッ」ギアッチョはそう確信していた。10人にも満たないチームで組織に反逆するなどという無謀に乗ったのも、自分の能力ならばボスですら倒せると思っていたからだ。しかし現実はどうだ?グイード・ミスタと新入り、ジョルノ・ジョバァーナ。ホワイト・アルバムが奴らの能力に劣るところは一つとしてなかったはずだ。しかしギアッチョは敗北した。何故か。 「答えは簡単だ・・・」 あなどっていたからだ。奴らを・・・そして世界そのものを。同じ「覚悟」をしているように見えても、結局ギアッチョは心のどこかで己の勝利を確信していたのだ。 「もう二度と・・・ブザマな思い上がりはしねェェーーッ」 皮肉にも―彼は死んでから成長した。 ギアッチョの話にルイズは聞き入っているようだった。自室に戻るなりルイズはギアッチョにあれやこれやと質問を投げかけたのだ。ギアッチョは「色々と聞きてーのはこっちのほうだっつーんだよォォーッ」と言いたかったが、こんなガキにいちいち目くじら立てることもないと思いなおし、とりあえずは質問に答えることにした。キレてさえいなければ常識的な判断も出来る男である。 「・・・それで、あなたは情報を奪おうとして・・・逆に殺されたのね」 自分が殺されたシーンをわざわざ反芻されるのは勿論気分のいいものではなかったが、 自分への戒めだと思い文句を言うのはやめた。それにいろんなことに意識が行っていて 気付かなかったが、よく考えればこいつは自分の命の恩人なのだ。少しぐらい不快に なったからといってすぐにキレるのは礼節に欠ける行為だとギアッチョは思った。無論 我慢の限界が来れば1・2発ブン殴るのに躊躇はないが。 「はぁ・・・まさか別の世界から・・・しかも殺し屋を召喚しちゃうなんてね・・・」 最初は別の世界の存在を疑っていたルイズだが、話を聞き終わる頃にはもう すっかり信じていた。何故って自動車だとかDISCだとか常人の頭で創作出来る話じゃ ないと思ったからだ。実際原理を聞いた今でもさっぱり理解が出来ない。 「気に食わない奴がいりゃあいつでも暗殺してやるぜ。「依頼」とあらばな・・・」 と、そこでハッとルイズは気付いた。 「ちょ、ちょっと待ちなさい いくら使い魔だからって人を殺せば罰されるのよ!」 「問題ねーだろォ~?この世界のことは全然しらねーが、例えば・・・『決闘』なんかで 死ぬならよォォ」 何故だか一瞬キザったらしいクラスメイトの顔が浮かんだが、ルイズはブンブンと 顔を振ってそれを打ち消した。 「そ、そうじゃなくて・・・ ああもう、言い方が悪かったわ 人なんか殺す必要はないし 殺しちゃダメだって言ってるのよ!」 「それは命令か?主としてのよォ」 「りっ・・・理解出来ないのなら命令するわ 殺人は許可しない!」 「なるほどな ここはオレのいたような世界とは違うってことか」 「・・・解ればいいのよ」 「だが断る」 「何ッ!?」 「極力ご期待に沿えるよう努力はするがよォォ~ 絶対殺さないなんて約束は出来ねーぜ 特に相手が下衆野郎の場合はな・・・」 殺し屋に下衆野郎と言われる人間ってどんなのよ、とルイズはツッこみたかったが、 こいつはどんなタイミングでブチ切れるか解らないので「お願いだから殺さないでよ・・・」 と音量3割減で言うにとどまった。 その後あらかたギアッチョにこの世界の事を伝え終わったので、ルイズはさっさと 寝ることにした。―なんだか今日はどっと疲れたわ・・・― しかしルイズがベッドに潜り込んだ時、「待ちな」というギアッチョの声が響いた。 「なっ、何よ」 もはや話しかけられただけで怯えるルイズである。 「肝心なことを訊くのを忘れてたぜ」 ギアッチョはそこで一呼吸置いてから、最後の質問をした。 「オレの世界によォォ・・・戻れる方法は―あるのか?」 暗がりでギアッチョの顔は分からなかったが、今までとはうってかわって沈んだ声 だったので―ルイズは事実を伝えるのをためらった。考えてみれば、人を殺すなどと いう己の人生が賭かった仕事をバカみたいに安い報酬でやらされていたのだ。 殺人などしたくなかった者も中にはいただろう―果たしてギアッチョがどうだったのか ・・・それは分からなかったが―なのに反逆という命がけの訴えに対してボスから もたらされたものは「死」だった。仲間が次々と死んでゆき、ギアッチョまで死んで しまった今、生き残っているのはリーダーのみ・・・或いは彼ももう死んでいるかも 知れない。ギアッチョからすれば自分が死んでしまったからといって諦めのつく 事であるはずがないだろう。今すぐにでもリーダーの元へ駆けつけたいはずだ。 「・・・・・・私は知らないわ だけどこの学院の図書室なら使い魔を送り返す方法が あるかも ・・・今度探してみるわ」 「・・・・・・そうか よろしく頼むぜ」 勘違いのようなものだとは言え自分を殺そうとした男だというのに、その言葉に ルイズの胸は奇妙に締め付けられた。 「・・・あなたのリーダー ボスを倒せてるといいわね・・・」 「・・・ああ」 そう呟くと、ルイズは罪悪感を振り払うかのように眼を閉じた。 前へ 戻る 次へ